10.15.2015












        


       KYOTO


     
 


 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
    ここ数年気になっていた京都へ。一週間前くらいになんとか往復新幹線とホテル込のチケットがとれた。大徳寺の大仙院と詩仙堂、不審庵など見ておきたかった。 桂離宮は宮内庁の予約が必要で満杯だった。早起きして快晴の朝の空気を久々に感じながら早く東京駅に着き、こだまに乗り込んだ。疲れが全然とれていなくて席でツボ押しボールを握りながらぼーっと座っているだけでも充実感があった。品川あたりで、美容師みたいな女の子二人が隣に座った。女子トークを小耳にはさみながら、三島・熱海らへんで車窓に見える海を見たりしていた。東海ツアーズが送ってくれた京都マップにはいくらさがしても自分が泊まるホテルの表記がなかった。
京都に3時間半くらいでつき、さっそくわかりやすいバスに乗り込んで大徳寺を目指した。行き先の表記などもとてもわかり易かった。途中地元の車いすのおばちゃんを乗せたりして混んでるバスはすすんだ。
大徳寺の塀ぞいにあるき、念願の大仙院をめざした。中に入ると、住職?の大きな声が聞こえ、販売用の本がつまれてあった。かかりの女の子も私服でいきなり幻滅したけど、写真よりさらにスケールが小さく感じた庭は見ておいた。簾の前のほぼなにもない白砂の庭のはじに大きな椿が植えてあって、それが色づいたら見事だろうと思った。自分で考え、内省できる人間に説法は必要ないと感じた。
 
それから受付の唯一あじのあるおばちゃんに千利休ゆかりの地の場所を聞き、堀川通りをあるいた。不審庵や今日庵は見学できるようにはなってなかったけど、門構えなど見ることが出来た。茶道をやってそうな着物を着たおばちゃんなどが歩いていた。茶杓を買ってもいいかと思ったけど、細いスプーンで問題なかった。
それから妹に久々にメールして、「お前が前に住んでたすぐそばに詩仙堂ってあるだろ。これからいってみるわ」と、北大路通りを東にバスですすみ、高野でおりて叡山電鉄をまたぎ白川通りのデイリーの角をまがって坂になってるおちついた住宅地をすすんだ。あじのある民家を横目に念願の詩仙堂につけた。庭が坂になって下の方まで続いていて意外に広かった。「これはなんていう草でしょうか?みなさんほんとによくご存じですねっ先生」。なにかの教室の課外授業できているようなおじちゃんおばちゃんやカップルや外国人がいた。うるさい中国人はいなかった。ぐるっと庭をあるいて、目当ての縁側で残りの時間をずっと過ごすことにした。大仙院もそうだったけど、室内の一室にプリントや掲示などが混雑にあったり「watch your head」みたいな掲示の仕方も趣のないもので、まったくなにもないほうがいいのになと思った。チャールズ皇太子とダイアナ妃が訪れた際の写真も貼ってあった。 縁側のはじであぐらをかいて座っていると、いつのまにか隣に座っていたおちついた初老の欧米人の夫婦が「ここに1日中いられるわ」といってじんわりと庭を眺めていた。

向かいに見えるモミジの奥の杉?の葉がゆらゆらと風になびいてるのをみていると心が和んだ。木々の葉がゆらゆらと揺れているのはまえにもどこかでゆっくり眺めていた気がしたけど思い出せなかった。  つつじかさつきの丸い刈込の前が白砂になっていて、木の長い影がそこに伸びていた。西の光が木の間からやさしく縁側をてらしてくれた。ししおどしや鳥のさえずりが時たま聞こえた。時間は4時半くらいでもう自分のほかにだれもいず、遠くからは吹奏楽部の練習の音も聞こえていた。
この民家のような格式ばらない雰囲気とスケールが自分にはとても心地よく、だけどこの感じはなかなか他ではあじわえないんだろうかと思った。下駄箱の掃除をはじめていた受付の女性に、「何年くらいまでここは住居として使われてたんですか?」と尋ねると、「私のお父さんが住んでた頃までだから50年前くらいですかね」と教えてくれた。まさか親族とは。すぐ横の昔のかまどもちらっと見せて頂いた。
よしこれでだいたい目的は果たしたし、宿の場所確認しなくちゃなと、たぶん四条大宮あたりだというのは分かっていたので、そこから線路沿いの方へ歩き、「茶山」という駅で叡山電鉄に乗り出町柳で降りてから京阪線に乗り換え、祇園四条でおりて暗くなり始めた鴨川を眺め、たまたま目についた「松葉」というそば屋で鴨せいろを食べた。新しい別館みたいなこじんまりしたお店だったけどミニマムな座敷が気持ちよかった。外に出ると着物をレンタルした女の子二人ずれをよく見かけた。祇園の花見小路を入ってすぐののれんの陰から覗いた料亭の門番のおじさんが紺の着物をきて二人座っているのが見えて、並々ならぬ敷居の高さを感じた。いつかこんなところ使ってみたいなと思った。スタバがまたいい場所に店を構えていた。 
 それから四条河原町の駅まで歩き阪急京都線で四条大宮までいき無事ホテルも見つけることができた。シングルだけどツインの部屋を使わせてくれた。ベッドに横になって疲れた足を休ませたりしてからできれば京都で髪も切りたかったので周辺を探索してみた。本屋をのぞいたりスーパーをのぞいたりしてみたりもしたあと偶然理想の美容室をみつけておくことができた。もう8時もすぎていたので翌朝行ってみることにした。それから結局コンビニで明太子パスタやチキン・パン・スミノフなど買い込んで部屋であとはゆっくり過ごした。仕事で気にかかることなどもちょうどない状態で行けたので、わりと京都に集中できた。スケッチブックをかばんに入れて、缶詰のラビオリをそのまま食べて旅をし、名刺も自分で手書きで書いたりして作っていたころの自分と比べるとずいぶん大人になったなと思った。毎年毎月やってみたいことなど携帯にメモしておいて徐々につぶしていっているのだけど、京都も達成できたし、あとは身を固めること。畑。でもできればほかに欲求はもうなさそうな気がした。京都の夜が窓の外に広がっていて、下の線路に時たま電車が通った。バスタブになみなみと溜めた湯船にゆったりと浸かってでるとすごく喉が渇いて、エレベーターで別の階まで行って炭酸を買って戻った。
妹から「詩仙堂、ちかすぎて行ってないー。いつまでいるの」と返信があった。ああいう場所こそまず知っといて教えてくれと思った。

よくあさ、うまいこと髪もさっぱりでき、11時のチェックアウトぎりぎりでホテルを出て銀閣寺・平安神宮方面のバスに乗り、天王町でおりて哲学の道ぞいに南禅寺・金地院を目指した。スポーティな格好をした手ぶらの欧米人観光客をみかけた。金地院もどうように写真よりスケールが小さく感じた。教科書で見たことがあるような襖絵がみれた。追加料金のかからない「こだま」で新幹線を予約したので帰りが京都発14:59になっていて時間にあまり余裕がなかった。金地院の大きな眼鏡をかけた初老の受付のおじさんに「蹴上(けりあげ)までここから何分かかりますか?そこから京都駅までだとだいたいどれくらいですかね?」と聞いたりして、不安だったので13時半からだった金地院の茶室の特別見学は残念ながら断念した。受付のおじさんは「あれは(けあげ)と読むんですよ」と教えてくれた。茶室という茶室を見ておきたかったけど次回の楽しみに。またそばを食べ、水路閣もみれた。
そしてまた3時間半くらいかけて三田線の日常にゆっくりと帰って行った。